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新世紀通信No29【子育て】

23年11月17日

少子高齢化で、子どもの数は減るばかりです。政府は子ども家庭庁を設立して、子育てを支援することをアピールしていますが、単なるパフォーマンスにすぎません。子育てを抜本的に見直す時が来ているのです。保育園などの無償化や、小学生や中学生の小人数性クラス、さらには不登校の生徒を専門にフオローする人が必要なのです。

 

経済の悪化で共働きが増える中、幼児を見てくれる保育所が慢性的に不足しています。中には幼児に虐待行為をする先生もいるくらいなので、安心して預けられる保育所を作っていくことが急務なのです。さらに、慢性的に保育所が不足しているため、私立の保育所が急増しています。公立とくらべると費用が高く、働いてもその多くは保育料に消えていくのです。もっと公立の保育園を増やしていくことが急務なのです。そして、保育園の先生たちの給料をもっと上げていかなければなりません。公立の保育士の給料は地方公務員の扱いを受けるので、比較的安定しているのですが、私立の保育士は公立とくらべて低く、仕事の大変さにくらべたら十分な報酬が支払われていないのが現状です。もっと、国や地方自治体が援助していく必要があるのです。昨今、薬物乱用で問題となったアメフト部の大学には、毎年90億円以上の補助金を出しているので、その半分でも保育士の給料に使えばいいのです。

 

子育てに必要なのは、親が少しでも長く子どもと接する時間を持てるようにすることなのです。長時間労働や残業をしなくても、安定した収入が得られるような経済システムを構築する必要があるのです。前の通信でお伝えしたように、日本は税金の多くを国民のために十分に使っていないのです。そのため、豊かな生活を送ることができないのです。公共料金やガソリン代、教育費、そしてすべての物の値段が高すぎるのです。税金をもっと国民のために使えば、収入は上がらなくても出費が少なくなるから、必然的に生活は豊かになっていくのです。そうすれば、定時に帰宅することができて、子どもと過ごす時間が増えていくのです。税金をどのように使うかは、政治家の仕事なのですが、多くの政治家は自分の利権と票のことしか考えていないので、国民のことなど眼中にないのです。そのような政治家はこれから淘汰されていくでしょう。

 

子育ての基本は、子どもたちの自由な発想を育てていくことです。どうしても一定の枠にはめ込もうとしてしまう人がいます。学校もある意味でそうなのです。個性をいかに育てていくかが、一番大切なのです。発明家のエジソンや天才科学者アインシュタイン、そして数々の発明をしてきた人の多くは、子供の頃から自由な発想が育つように親、特に母親が養ってきたのです。中には、小学校もいかずに好きなことをさせて、母親が勉強を教えていたのです。確かに極端ではありますが、今の教育は一つの枠にはめ込もうとさせます。当然ですが、その枠にはまらない子どもは異端児とされてしまうのです。一人一人の子どもの個性をいかに引き伸ばすかが、本当の教育なのです。多忙な学校の先生にそれを望むのはムリなので、せめて母親がその子の個性を伸ばしていくようにしてほしいのです。そのためには、子どもの個性をしっかり見定めることが必要です。何に対して興味があるのか、どの五感がすぐれているのか、さらには夢中になれるものをいっしょに探すのです。

 

子育てをいかに楽しむか、義務的になるのではなく、子どもといっしょに楽しむことが大切なのです。特に小学生の低学年までにどれだけ楽しめるかで、その後の人格形成に大きな影響を与えていくのです。子育てをどのようにしたら楽しめるのか、その第一歩が上から目線ではなく、子どもと同じ目線で見ることを心がけるとよいでしょう。そして、いっしょに感動することをいろいろと体験するとよいでしょう。山を登ったり、キャンプをしたり、さらにはコンサートや演劇をいっしょに見て感動するのです。そのようなことで、子育てが楽しくなっていくのです。子どもは親の所有物ではありません。あくまでも預かりものなのです。そのことをしっかりと認識していないと、虐待や育児放棄などが生じてしまうのです。大切な命を預かって、育てていくことが子育ての基本となるのです。

 

人は生まれて来る前に、ある程度どのような人生を送るのかを決めてきます。目的や役目をちゃんと決めているのです。そのためにさまざまな配役も決めてくるのです。よく、「子どもは親を選べない」と言いますが、実は選んでくるのです。自分の目的や役目を果たすために、それに適した親や環境を選んでくるのです。であれば、幼児虐待や育児放棄、そして小児ガンで亡くなることも選んできているのかとお思いになるでしょう。実はそうなのです。自らの命を引き換えに、親に命の尊さを教える使命を持って生まれてきたのです。痛ましい事件が最近多くなってきましたが、少しでも命を大切にすることを多くに人に認識してもらいたいという役目を持って、そのような子どもは幼い命を捧げていくのです。

 

魂は何度も生まれ変わると言われています。最終的には神の元に帰っていくのですが、最後の御奉公として人のために自分の命を投げ出すのです。まさに究極の愛を与えることが、最終的な段階になるのです。人は自分の我欲を満たすために生まれてきたのではありません。何かしら、人のためになることをするために生まれてきているのです。しかし、多くの人はそのことを忘れてしまい、いつまでも我欲にとらわれているのです。いつまでもそのようなことを続けていると、生きている意味がなくなるので、大元の神がそのような人を淘汰するようになってきました。コロナやワクチン、自然災害や紛争に戦争、そしてこれからさらなる淘汰が始まっていくのです。火山噴火や大地震に津波、そして新たな感染症が大流行していくでしょう。我欲に染まることなく、何かしら人のために尽くしている人は、どんなことがあっても残されていくので、安心してください。

 

子どもは国にとっての宝です。子どもを粗末にする国は滅びていきます。日本もこのままでは滅びてしまうのです。いかに子どもたちを育てていくかが、これからの大きな課題となるのです。私は、長年ボーイスカウト活動で小学生の子どもたちと山登りをしたり、キャンプやボート乗り、さらにはサイクリングや夜間ハイキングをしてきました。家庭では体験できない野外活動を通して、子どもたちに忍耐力と協調性、そして達成感を味わってきてもらいました。子どもたちの個性を尊重し、いかにそれぞれの個性を引き伸ばしていくかを考えてきました。どの子も、それぞれの個性を持っています。しかし本人はそれを知りません。そのことを伝えていくことも役目だと考えています。

 

子どもはほっておいても育ちます。しかし、心は親や大人がしっかりと養っていかないと育たないのです。今、年を取っても心が育っていない人が多くなってきました。そのような人に子どもを育てることはできないのです。子どもが子どもを育てるようなものなのです。多くの大人がみんなで育てていかなければいけないのです。

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