先の戦争が終結して80年が経ちます。多くの人が亡くなり、原爆投下で日本は降伏しました。なぜ、これほどまでにおろかな戦争を続けたのか、そのことがしっかりと検証されないまま80年の時を迎えてしまいました。この戦争の首謀者はだれなのか、なぜこれほどの犠牲者を出してまで続けたのか、そのことを検証してみます。
日本は明治維新後、富国強兵の名の元に、軍事力強化と他国への侵略を押し進めてきました。資源の少ない日本が拡大するためには、資源が豊富な国を侵略するしかなかったと言われています。しかし、江戸時代までは鎖国制度をしていても、十分に豊かな生活を送ることができていたのです。明治になって、西洋の文化を取り入れることで大量の鉄や石炭、化学薬品やさまざまな物を輸入することになりました。それらを仕入れるためには莫大なお金が必要とされたのですが、当時は輸出する物はあまりなかったため、朝鮮や中国の一部を植民地化することで、そこから搾取した資源や穀物をあてがったのです。さらに、金や銀の採掘量を増やすために、朝鮮や中国の人たちを強制労働させたのです。
このような状態がどんどん進み、東南アジア諸国やインドネシアにも進出していったのです。当時、東南アジアやインドネシアはフランスやイギリス、オランダなどの植民地化にあったため、日本は虎視眈々とそれらを狙っていました。昭和に入ると、中国をさらに支配下に治めるために、多くの兵を送り込んでいったのです。中国もやはりイギリスやフランスなどによって植民地化されていたため、反撃を受けるようになり、手薄であった太平洋の島々を侵略していったのです。それに対してアメリカが反撃するようになり、太平洋戦争へとつながっていったのです。この頃、ヨーロッパではドイツが快進撃を進めていたため、フランスやイギリス、オランダなどのヨーロッパの国々は、東南アジア諸国やインドネシア、中国に兵を割くことが困難となり、結果的に日本が占領することができるようになっていったのです。
しかし、アメリカは当初、第二次世界大戦には参戦していなかったので、日本の領土拡大に対して強い不満を抱いていたのです。そこで、日本の領土拡大を阻止するために、周到な罠を仕掛けたのです。日本が植民地化している太平洋の島々や、インドネシアなどを少しずつ奪い取り、アメリカと交戦させるように仕向けていったのです。日本は資源が少ない国なので、石油や石炭、鉄などが採れる植民地を抑えてしまえば、最終的には戦うことができなくなると踏んだのです。そして、アメリカと交戦することでいずれは敗北することは一目瞭然などで、いずれは日本を植民地化しようと考えていたのです。そのためには、アメリカ国民を日本と戦わせる動機付けが必要だったのです。当時のアメリカ国民は、日本をある程度の友好国として見ていたため、それを180度転換させて敵視させるには、大きなインパクトが必要だったのです。
それが、真珠湾攻撃だったのです。日本を追い込んでアメリカと交戦させるように仕向け、ハワイに集結していたアメリカ艦隊を奇襲攻撃させたのです。しかし、唯一、空母エンタープライズは温存したのです。
真珠湾奇襲攻撃でおよそ2500人のアメリカ兵が亡くなり、多くの軍艦が破壊されました。このことがアメリカ国民を日本に対しての敵対心を強烈に持たせる起爆剤となったのです。これを機に、アメリカは日本に対して宣戦布告をしたのです。まさに、アメリカ国民を戦争にかり立てるための謀略だったのです。アメリカは日本を植民地化して、中国や東南アジアを植民地化するための足掛かりにしようともくろんでいたのです。しかし、日本が予想以上に抵抗をしてきたため、最終的には原爆を投下することになったのです。当初の予定では、1年ほどで日本は降伏と考えていたのです。それが、5年も長引いたことと、ソビエトが台頭してきたため、早急に決着をつけることが必要とされたのです。
日本はこの大戦を始める前に、多くのエリート官僚を集めて、アメリカと戦争をした場合の公算をシュミレーションさせました。その結果、1年以上続けると勝ち目はないと報告したのです。物量面や資金面、人口の数から見ても勝ち目はないと判断したのです。しかし、当時の軍部はこの報告を無視してアメリカとの交戦を始めたのです。どうしてこのようなことになったのか、このことが現在も明確にされていないのです。さまざまな憶測が言われていますが、当時の軍部は、三井、三菱、住友などの財閥と深くつながっていて、植民地から搾取した資源や農作物を売りさばくことで莫大な利益を得ていたのです。アメリカは、中国や東南アジア諸国から日本が手を引くように強要してきたため、財閥にとっては金の生る木を失うことになり、財閥とつるんでいる軍部も苦しくなってしまう状態にあったのです。そのため、なんとしてもアメリカの要求には従うことはできなかったのです。そこで、アメリカの主要艦隊を殲滅させれば、少しでも時間稼ぎができると考えて真珠湾奇襲攻撃をおこなったのです。
アメリカはそのことは織り込み済みで、空母エンタープライズ一隻だけを温存させたのです。そして、アメリカ国民を総結集させて新たな軍艦や空母を次々に建造させていったのです。わずか1年足らずで、奇襲攻撃の前の2倍から3倍の軍艦が建造され、日本の海軍はことごとく打ちのめされていったのです。まさに物量作戦にはかなわないのです。アメリカは当初、1年ほどで日本を占領する予定だったのですが、日本軍の死を決した戦闘ぶりに驚愕するようになり、原子爆弾の開発を急がせるようになったのです。
日本の軍部も、1年で手を引くつもりが長引いてしまい、消耗戦を強いられるようになって、通常の戦い方では通用しないと判断し、神風特攻隊や人間魚雷、さらには人間ミサイルなどを開発するようになったのです。終戦間近の軍部は、ほとんど正常な判断をできる人はほとんどいなくなり、「一億総玉砕」など、すべての国民を道連れにしてでも降伏しない覚悟をしていたのです。なぜ、ここまでおろかな行動をさせたのか、そこにはやはり財閥の暗躍があったのです。財閥の多くは、裏でアメリカとつながっていたので、日本国民の大半が死んでも、いずれはアメリカの言いなりになる国民で日本国が再生すれば、アメリカとの商売が盛んになると考えていたのです。つまり、財閥にとっては日本の軍部であろうがアメリカであろうが、金もうけができたらそれでよいのです。国民の命などは二の次なのです。
しかし戦後、財閥は解体されましたが、その本筋は今も変わらずに政府を裏で操っているのです。財閥はアメリカとつながっていて、日本国民から税金を搾取して、そのお金を山分けしているのです。政治家はその手下にすぎないのです。しかし、いよいよ影の財閥が完全に消滅させられる時がきたようです。つづく。