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新時代通信No300【神の哀しみ3】

21年10月04日

この通信では神の哀しみをお伝えしています。神の哀しみははかり知れません。手塩にかけて育ててきた花を切り落とさなければならないからです。花だけを摘み取るのか、茎まで切るか、一層のこと根元から抜き去るか、それを今神はお考えになっているのです。今、可能性が一番高いのは根元から抜き去ることです。だから哀しいのです。

 

神の哀しみがどれほどのものなのか、それは私たちにわかるはずもありません。しかし、最愛の子供を亡くした親の気持ちをさっすれば、いくらかでも理解することはできるでしょう。そして、子供を亡くした親は生涯悔やむことになります。神もおそらくそうでしょう。今まではリセットボタンを押して多くの人の命を奪っても、魂は残っているのでまた新たな肉体に宿ることができました。地球の回りにはおよそ1000億の魂が地球に生まれてくるために、待機しているのです。しかし、今回はちがいます。もしもリセットボタンが押されたなら、一つは宇宙人に救済されて再び地球での生活を許される人と、もう一つは今の地球と同じレベルの惑星に転生して、原始の時代からやり直すのです。さらにもう一つは魂自体が消滅するのです。魂は不滅と言われますが、今回ばかりは特別です。何度生まれ変わっても一向に成長しない、それどころかますます我欲の道に突き進む魂は抹消されるのです。すべての記憶は剥奪され、宇宙のもくずとなり、最終的にはブッラクホールに吸収されて永遠に出てこられなくなるのです。それはまるで真っ暗闇の独房に永遠に閉じ込められるようなものです。

 

そのような所に神は我が子を追いやろうとしているのです。どれだけの思いをされるのか、推し量ることはできません。おそらくこのままの状態が続けば、世界の人口のおよそ9割の人の魂はブラックホールに行くことになります。日本では6割の人の魂が。また、他の惑星に転生する人もいるので、地球に残されるのは1割にも満たないことになります。また、地球の周りに待機している宇宙人のUFOにはおよそ1000万人しか搭乗できません。さらに世界各地の山に隠されてきた母船にもおよそ1000万人、合わせて2000万人の人しか避難できないのです。ただ、地底人がその時どれだけの人類を助けてくれるかは未知数です。地底人も避難しなければならないのですから。最悪の状態をお伝えしています。もちろん、少しでも多くの人が目覚めていけば、神はもっと多くの人を残して下さるでしょう。そのためには私たちが日々どれだけ感謝と謙虚さを実践していくかにかかっているのです。

 

私たちに残された時間は後2年弱、今は2021年の9月下旬、これからのことをどのようにしていくかを早急に考えて実践していくしかありません。元の神のお考えをその下の神々はしっかりと感じています。そのため人々をどのように導いていくかをいろいろと考えていらっしゃります。下の神々が今さかんにしているのは、目に見えない存在を感じさせることです。たとえばメッセージを受け取ることができるようになるとか、人のオーラが見えるようになるとか、さらには見えないけど何かがいることを感じるとか、虹を多く見るとか、見えないけど感じる物があることで神の存在を少しずつ信じていくようになるのです。そのことがとても大切なのです。目に見えない世界は目に見える世界よりも9倍あるのです。それをまずは自覚してください。
目に見えない世界にもいろいろあります。一番身近なのが幽霊です。人が亡くなると肉体から魂が離れます。しばらくすると私たちの世界の隣にある霊界に行きます。しかし、自分が死んだと認識できなかったり、物やお金、土地などに強い執着を持っていたり、さらには人に対して強い恨みや怒りを持っていると霊界に行くことができず、私たちの世界でさ迷うことになるのです。時には人に取りついたり、悪さをすることもあります。そして場合によって人や物に取りついたままになってしまうこともあります。そのことで人であれば多重人格になったり、統合失調症になることもあります。また物であれば、特に土地に多いのですが、その土地に住む人を何かしらの形で苦しめたりします。土地にまつわる因縁は話に尽きません。家や建物を建てる時に地鎮祭を行うのはそのためです。しかし、今の多くの神主さんの形式的な御祈祷では、簡単に霊を浄化することはできません。そして次に多いのが事故やケガで亡くなった人が突然だったので自分が死んだことを理解できず、その場所にいつまでも居座ってそこを通る人の足を引っ張ってしまうことです。交通事故が何度も起こる場所はまずそのような霊が引き起こしています。

 

次に身近に感じるのが、人の怨念です。いわゆる生霊です。毒気を吐くと言う言葉がありますが、人のマイナスの感情がこもった言葉は相手に精神的なダメージだけでなく、肉体的なダメージも与えるのです。日本には昔から言霊と言う文化があります。言葉に霊が宿るのです。ここでの霊は魂ではなく、一種のエネルギーです。合気道などで発せられる気のようなものです。気にもいろいろありますが、言葉に宿る気はマイナスなほど強い力を発揮します。そのため毒気を吐くなどと言われるようになったのです。目には見えないけど確かにあると、昔の人は感じていたのです。だからこそ言葉を大切にする文化が芽生え、言葉に霊が宿るとして言霊なる考えが育ってきたのです。しかし、今の世はまったくそんなことはお構いなしにマイナスな言葉が飛び交い、あげくの果ては罵声が鳴り響くことが日常茶飯事になってきました。これでは体調をくずす人が増えるのも仕方ありません。

 

目に見えない世界はまだまだありますが、改めて別の機会で詳しくお伝えします。目に見えない世界の中で一番大切なのは神の世界です。神仏が住まわる世界は私たちの世界とやはり隣り合わせにあるのです。いかにも遠くに、手の届かない所にあるように思っている人がほとんどでしょう。なぜならそのように教えられてきたからです。仏教では西国浄土、神道では天津の世界、キリスト教では天国、ヒンズー教では涅槃の世界が神仏の世界と言われてきましたが、それを尊い世界だと思わせるために手の届かない遠い世界だと信じ込ませてきたのです。しかし、実際は私たちの世界と隣接しているのです。それはいろいろな形で実感できるのです。一番身近なのは神社仏閣に訪れた時にさわやかな風が吹いたり、暖かさを時折感じるのは神仏がそばにいるからです。しかし、残念ながらこの20年前ぐらいから神仏は神社仏閣に常駐しなくなってしまいました。時折、熱心に神仏を信じる者が来れば降りて来てくれることはあります。でも、神社仏閣に出向かなくても神仏はそばにいるのです。その人がそう思えば。宗教が人と神仏の間を遠ざけてしまったのです。なぜなら一部の教祖や支配者だけが神仏と接することができると思わせるためなのです。すべての宗教はそこから始まっているのです。もちろん神のお告げを聞ける人はごく一部で、限られています。しかし、お告げが聞けなくても神仏を感じることはだれでもできるのです。その気になれば。今、これまでの宗教感を見直す時代になってきました。すべては一部の人のためにあるのが宗教です。神仏は一部の人のためにあるのではありません。すべての人のためにあるのです。

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